【越後湯沢】

湯沢に通っていたのは70年代後半から80年代前半。

高校生の頃スキーにハマって通っていた。

毎週末のように都心から湯沢に通う高校生、なんともリッチな、、、

実態はバイトに明け暮れる高校生だっただけ。

記憶ではまだ上越新幹線も関越自動車道も完全には開通していない。

ガーラも神立もできてない。

だから30年後には負の遺産と言われるリゾートマンション群もない。

そんな時代。

「駅前スキー場 中里」には夜行半泊みたいなパッケージがあって、、

新宿を21時ごろ、オレンジと緑の電車で出発して深夜1時ごろ?中里到着。

民宿で仮眠させていただいて朝から滑る。で、夕方の電車で帰ってくる。

民宿でいただいた朝ごはん。納豆にお砂糖がかかっていてびっくりしたことを覚えています。

40年後、コロナ禍で宿泊山行がはばかられるなか日帰りの雪山を求めて群馬、上越エリアにまた舞い戻ってきました。

当時は

・分厚い時刻表で列車調べて

・緑の窓口に並んで切符買って

・帰りの切符無くさないように管理して

いまでは

・新幹線はPCから割引料金で予約

・モバイルSuicaでキャッシュレス、チケットレス

・新幹線改札通過すると座席指定のメールが飛んでくる

うーん。いいんだか悪いんだか。世の中の進化はヒトを退化させる気がする。

世の中どんどん便利に

この日はガーラ湯沢が点検休業だったにもかかわらず、東京06:36たにがわ401号は結構な乗車率でした。

【飯士山と高気圧】

越後湯沢の駅前にデン!と構えています。

西側から見ると随分と吸収な面構え。

そもそもこの辺りって急峻な山々に囲まれた谷地に新幹線、高速道路、河川、集落があつまってますから、どの山も「駅前ゲレンデ」的なレイアウトになってるんでしよね。

箱庭みたい。

飯士山頂へは

・西側から急峻な鋸尾根

・北側からは舞子スノーリゾートから北尾根で

・南からは岩原スキー場から南尾根で

アプローチすることができます。

山麓は北から南にかけてぐるりスキー場開発されています。

地元にとっては観光業の要でもあるんですね。

標高1,111mの山頂には作物、医療の神様として薬師如来が祀られています。

山頂は南北に長く、東西が狭いので見上げる方向によって見え方は様々。

「富士山に似ている」と表現されるようですが、積雪期南側から見ると「マッターホルン」のよう。

マッターホルン?

名前の由来は穀物の神様が祀られていることから「飯」、富士山に似ていることから「士」をとって「飯士山」らしいです。わたしはマッターホルン派ですが。

北海道や本州内陸部に比べ上越、日本海側の雪は水分が多く「重い」のはよく知られた話。

・冬型の気圧配置で大陸、シベリアから冷たい風

・日本海(対馬暖流)の水蒸気をたっぷり含んだ風となり

・日本海側の山にあたって上昇浮流となり雪を降らせる

なので水分の多い重い雪

内陸部では水蒸気が落ちた「乾いた風」が雪を降らせるので水分の少ない雪

出発の数日前から雪の状態を予測すると

・ゲレンデ情報では1週間以上まとまった降雪はない

冬型からの高気圧

・2日 発達した前線がかかってくる 日中は強い雨風にさらされていそう

通過とともに冬型の気圧配置となる

・3日 冬型が緩み、高気圧が張り出してくる 晴れるが融雪が進む

・4日 当日 高気圧の影響下 晴れる 気温上がる 融雪進む

足元グサグサ 谷地では雪崩に注意

ということを想定しつつビーコン、プローブ など忘れないようスタンバイ。

【痩せ尾根と雪庇】

08:20 越後湯沢

08:40 岩原スキー場 リゾートセンター2駐車場 

リゾートセンター2

足回りはアイゼンとワカン

手元はピッケル とストック

 

ゲレンデに出る。

ゲレンデから飯士山

上部リフト運休のため写真中央の第3リフト脇を登行。

写真手前の南東尾根から取り付き奥のピークを目指す。

復路は奥側の東尾根に降りて頂上リフト。

ゲレンデを歩いて降りる計画。

 

09:44 第2ペアリフト終了点 643m

ウェストコース登行のためわかん、ストック装着

気温は5度くらいだろうか。

発汗控えるためインサレーション抜く。

行動開始

 

10:10 第3ペアリフト終了点 769m 

標高差 126m 26分

巻機山

東側にきれいに雪化粧した巻機山を望む。

無風なのでシェルさえ不要と感じハイブリッドウール+パワーウールで行動

手元はインナーグローブ

ブラックサンダー摂取

この先のリッジの状態確認のため斥候

リッジ斥候

 

10:30 行動再開

痩せ尾根取り付き

雪がついてるとさらに鋭く
足跡つけたれ

地形図上では確かに痩せ尾根ではありますが、雪がついているとさらに強調されますね。

11:04 リッジ終了点 836m

標高差 70m リッジ全員通過に34分 

装備交換 アイゼン、ピッケル 

アウターグローブ着用

 

11:22 行動再開

南峰目指し樹林帯の尾根を登行 

所々急登。膝埋没の頻度高い 速度上がらず

照り返しもきつく

11:53 927肩 927m

標高差 90m 30分

小休憩10分

ソーセージロール摂取

振り返れば

単独行であれば13時でピーク踏んでいなければ往路引き返しと想定

が、目視でこの先雪庇等のリスク顕著なのでここで折り返しか

が、戻るのも容易ではない

ピーク踏めば復路の安定性が高いのは確実

この先突っ込めば退路はさらに容易ではないのも確実

重要な判断ポイントと思った

私感ではピークまであと2時間以上要すると推測した

 

ここまで約280mを2時間10分 

無雪期の約2倍の所要時間

ここからピークまで約180m

斜度、積雪量、雪庇の状態から考えて無雪期の3倍

40分×3倍=120分と推測

2時ピークならヘッデンなしで帰れるだろう

 

12:10 行動再開

ここから南峰ピークまで90m弱 多少斜度あり

コンテで繋がっているとスタックした時の対処が慣れない

声かけないと後ろにテンションかけちゃうし、あせる

あせると呼吸乱れる、疲れる、バランス崩す、さらにうまる

引き抜くのに変な体勢になって脚つる

この先ピークまではこんな繰り返しで余裕なかったです

自重+装備で100kg超えるわけですから埋まるの当たり前

場数踏んで鍛えるしかない

こえぇ

12:52 南峰ピーク 1021m

標高差 100m 42分

南峰は雪庇が発達していた。

ルートが読めず数回踏み抜く。怖かった!

振り返ると南峰にクラック

雪庇を西に巻いたあたりが南峰。

鞍部への下りは西寄りに木。

西側に沿ってルートとる

鞍部から東に大きく雪庇が張り出す登り返し。

膝で雪固めながら上がっていたら脚つる。

騙し騙し上がる。

稜線斥候

13:10 飯士山山頂基部 1060m

南峰から10m降って50m登り返す 約20分

小休止

芍薬甘草湯服用

ブラックサンダー 半分摂取

 

13:24 行動再開

南東に伸びる稜線まで登り

13:30 山頂への稜線を上がる

美しい

わずか40メートルだけど深くハマる

見上げる空とピークは美しく、このままみてたいと思いつつ

「見えてるとこがピークかい?」と聞くと「多少奥あります」と

すごく時間かかった気がしますが、データでは10分で山頂踏んでます。

 

13:40 飯士山山頂

飯士山 1,111m

約470m上がるのに4時間

夏山なら単純計算で1時間半

2倍以上かけてたどり着いたピークまではたくさんの学び、教訓が転がっていました。

山頂からは

南側

高速道路がクネクネと消えゆくあたりの顕著なピークが万太郎山

国境稜線を右(西)で顕著なピークが仙の倉、なだらかに平標山

東に辿って一番高いとこが茂倉岳、一ノ倉岳

谷川連峰は見えてるけど、オキトマは見えてない。

国境稜線の奥に双耳峰っぽいの見えてるけど、ちょっと離れすぎてますよね。

 

東側

山頂駅はさんで越後山脈 巻機山

 

西側

谷挟んだ対岸がガーラとか石打のスキー場

北西の奥の方

妙高山、火打山

 

13:55 下山開始

稜線の分岐まで踏み跡辿って尾根を山頂駅手前まで降る。

地形図上は降るにつれて痩せ尾根になっていて夏道は補助ロープあるみたいです。

視覚的にもその通りでした。

 

14:20 スキー場

標高差130m 25分

上りの半分くらいの時間でした

雪道堀など簡単に訓練の後、

15:10 行動再開

ゲレンデ下部まで430m降下 50分

暮れゆく南峰

16:01 行動終了

4時間かけて登った高低差を50分で降りました

下山ルートにわずか150mほどの上り返しがあるルートだったら

2月だったら

第3リフトあたりで日没ってことになりそうですね

雪山計画においてわずかな登り返し、数週間のズレで計画は大きく変わりそうだと予測できます

 

雪山でのカロリー、水分摂取は解消できない課題

行動中、ブラックサンダー1.5個 調理パン1個 約500kcal

水1リットル摂取

摂取カロリー不足補うため朝食多めに摂取

パスタ、パン、スープで約700kcal

新幹線内でおにぎり約150kcal

行動終了後 ソルティライチ500ml補充

駅でお蕎麦かき込み

今季、後どれくらい入山できるかな。

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